【インド救援隊レポート】コラム①
①活動報告コラム 4月3日 木下崇史
4月3日。インド救援体の通訳についてから7日が経った。
女川 鷲神浜町の被災地に行くバスの中では隊長をはじめ隊員のメンバーが
日本語を習い始め、僕ら通訳はヒンズー語を習うという習慣ができあがりつつある。
和気あいあいとしているバスの中が今は一番幸せな空間かもしれない。
インド救援隊の明るさと前向きさが僕ら通訳ボランティアにも伝わり、
とても良い雰囲気でチームは七日目を迎えている。
しかし、バスが一歩石巻町内に入るとチームの雰囲気は一変する。
全員が窓の外を眺め、息を飲み、しっかりと現実を目に焼き付ける。
そうしなければ現場には足を踏み入れるのも恐れ多いほどの現実が待っているからだ。
屋根の上に乗っかった白のワゴン、津波の影響で崩壊したコンビニ、現実とは思いがたい現実が目の前に広がっている。
そこを通り過ぎると鷲神浜の町にたどり着く。
七日目を過ぎても、その無残な光景はテレビや新聞で見たものとは一切の別物だった。
天災の力を肌で感じた瞬間だった。
被災者の方々は近くの集会所や高校などに避難しているが、ちらほらと現場に姿を見せ
自分たちの家族の安否や家があった場所に訪れている。
話を聞いてみるとたまに見せる笑顔はなぜか少し悲しそうだった。
そして、被災者の方々は口々に自分の家族が津波の時どこでどのように被災したのか、
自分達の隣人や友人がどのように津波から逃げて、波にのまれていったのかを懸命に僕らに伝えようとしてくれた。
僕ら通訳ボランティアはその思いを通訳を通じてインド救援隊にたくす。
活動日数は限られている。あと三日で被災者の皆さんにどのように貢献できるのか。
必死でインド救援隊を支えたいと心から思う。
そして、インド救援隊だけではなく、住民の人たち一人一人が助けあいたい、見つけたいという思いを持って一つのチームになっている鷲神浜の皆さんを応援してほしい。
そういう思いでJGC通訳ボランティアチームは町と一つになってがんばっている。
(木下)
4月3日。インド救援体の通訳についてから7日が経った。
女川 鷲神浜町の被災地に行くバスの中では隊長をはじめ隊員のメンバーが
日本語を習い始め、僕ら通訳はヒンズー語を習うという習慣ができあがりつつある。
和気あいあいとしているバスの中が今は一番幸せな空間かもしれない。
インド救援隊の明るさと前向きさが僕ら通訳ボランティアにも伝わり、
とても良い雰囲気でチームは七日目を迎えている。
しかし、バスが一歩石巻町内に入るとチームの雰囲気は一変する。
全員が窓の外を眺め、息を飲み、しっかりと現実を目に焼き付ける。
そうしなければ現場には足を踏み入れるのも恐れ多いほどの現実が待っているからだ。
屋根の上に乗っかった白のワゴン、津波の影響で崩壊したコンビニ、現実とは思いがたい現実が目の前に広がっている。
そこを通り過ぎると鷲神浜の町にたどり着く。
七日目を過ぎても、その無残な光景はテレビや新聞で見たものとは一切の別物だった。
天災の力を肌で感じた瞬間だった。
被災者の方々は近くの集会所や高校などに避難しているが、ちらほらと現場に姿を見せ
自分たちの家族の安否や家があった場所に訪れている。
話を聞いてみるとたまに見せる笑顔はなぜか少し悲しそうだった。
そして、被災者の方々は口々に自分の家族が津波の時どこでどのように被災したのか、
自分達の隣人や友人がどのように津波から逃げて、波にのまれていったのかを懸命に僕らに伝えようとしてくれた。
僕ら通訳ボランティアはその思いを通訳を通じてインド救援隊にたくす。
活動日数は限られている。あと三日で被災者の皆さんにどのように貢献できるのか。
必死でインド救援隊を支えたいと心から思う。
そして、インド救援隊だけではなく、住民の人たち一人一人が助けあいたい、見つけたいという思いを持って一つのチームになっている鷲神浜の皆さんを応援してほしい。
そういう思いでJGC通訳ボランティアチームは町と一つになってがんばっている。
(木下)
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